2017年02月19日

【いい事探し】A大学。アメフト

僕の中では、これは外せない(^^♪。

良かった事探しの2回目。やはりこれかな?
「アメフトをやった事」です。
今でも続く私の趣味です。
可能であればライフワークにしたい事でもあります。

でも実は私の周りの多くの人には懸念され、
再々に渡り辞める様促されてきた事でした。
やり始めた頃は、親・母方祖父母から。
実は1年の時、それが元で祖父と父母が大ゲンカしました。
(その折一度退部したんです。初めて書きます。)
その後それでもやってみたいのだ、とフツフツと思ってて
色々あってようやく戻れたのが2年の春。
それからは挫けそうになりつつ、でも何とかやりきりました。
ホントに色々言われたけど;;(汗)。
復部しても半年で遅れてるのにバイトしながらで、
同期の仲間から、やる気あるんか!ないんか!
と、よく言われたし;;(汗)。
ま、復帰の条件が学費以外の一切は出さない、だったので、
通学費や学年ごとの教科書代も自前で確保しないといけなくて、
でも週6日の練習日(今はここまでやっているのかな?学生って)
だと、できるのはせいぜい深夜のコンビニ店員がやっと。
アフター練習する時間が取れんかった。
そんな奴にまぁ、やる気感じんわなぁ(冷汗)。実際。
でも、やりたかった。
中学の時見た、関学vs明治の甲子園ボウルの衝撃。
高校時代にTVで見た関京戦の熱気。東海くんの雄姿。
憧れた。なりたかった。あの熱気と狂気に浸りたかった。
現実はそれ以前ができない有様だったけど。
1年の半年を失ったのは痛かった。本来ならそこが体作りの大事な時期。
それをせずにいきなり本番突入となった。
当然体はついていかない。技術も足らない。後輩に抜かれる。
でもそこそこの体格はあったので、どうにかついていったけど、
夏に練習中に膝の靭帯を負傷。また半年リタイア。
リハビリするも、都合1年のロス。しかも後輩は成長しさらに機会をなくす。
なんとかしたいと気ばかり焦り、また負傷。小指を脱臼。
またリタイア、リハビリ。そして4年になり、また負傷。。。
結局4年間、一度もスターターとなるチャンスもなく、
どころか試合に出る機会自体ほぼなく終了。
3部校でありながら、万年補欠で4年間を終えたミジメな様でした。
わがまましてWRをやらせて頂きましたが、試合に出られたのが練習試合含めて6試合。
公式戦では通して出られた試合はありません。
パスを取れたのは4年の春の練習試合と卒業記念のOB戦の各1回づつ。
公式な記録にも存在しない存在となった4年間でした。
(チームのスカウンティングビデオにすら残ってないです)
私がWRとして役に立って活躍できたのは、
卒業して半年だけ参加したプライベートリーグでの事で、
その時生まれて初めてTDパスをキャッチできたのですが(おそらく生涯唯一となります)、
「ようやく取れた!」という達成感と「今になって、なのかよ。。。」
というふがいなさを今も忘れられません。
その試合の後、チームのQBから誉められ、
相手の対面したDBから「すごいですね!勉強になりました!」と言われた後に覚えた
愕然とした思いも忘れられません。
「何故今になって出来たんだ。もう二度と学生フットボールには戻れない今になって。
 あの時にやりたかった。。。今更出来ても。。。」
以来、選手として関わっていません。それほどにむなしくなったからです。
そして、これらの出来事を残した映像もありません。誰も撮ってないから。
全ては私の記憶の中だけの事でしかないです。
私にとってはかけがえのない事ですが、誰にも伝えるモノはありません。
その思いが、、、今もアメフト観戦する試合を撮り続けている思いになっています。
私自身の無念が原動力という事です。

こう書くと、何が良かったの?となりますが、何も残せなかったけど、
かけがえないないモノを得ました。
今でも続く「戦友」です。
アメフト部に在籍した間に知り得た、都合7年間に渡る先輩・同輩・後輩たち。
さらにその後の部活支援で知り得たもっと若い世代の後輩たち。
前後すると20年ほどの巾になるアメフト部関係者が、みんな知人となりました。
こんな事は普通の経験では得られないよな、と思います。
特に在学時は、勧誘の際、私の経歴と華奢さが随分優位に働きました。
「俺みたいに華奢でもできるよ」とか「実は出戻りなんだ」とか。
体育会系なのに、らしくない柔軟さを持っているという印象を与えられて、
とりあえず体験してみようか、と門を叩いてくれた事で、
結果毎年10人以上入部してくれまして、
最終学年の時は3部校なのに50人以上いたもんなぁ。
(今思えば詐欺呼ばわりされそう(汗)。でも彼らは活躍した(苦笑)。)
その面々がみんな戦友。病気し無職浪々となった時もみんな普通に接してくれた。
かけがえのない戦友です。とても大切なモノです。

もう一つは親・祖父母からの評価。
まさか本当にやり切るとは思ってなかったそうです。
怪我だらけでしたし試合にすら出られない有様でしたから、
卒業前に諦めるだろうと思ってたそうです。
「ホントにやりきったんやなぁ」と、今でも父母から言われます。
以来、子供扱いされなくもなりました。
考えてみれば、多分やるなと言われてもやってやり切った、生まれて初めての事でした。
アメフトは。
私にとって大切な出来事になりました。

雑多な文章ですが、こんな所で。
ではでは^^)/。
posted by りちゃ。 at 23:13| Comment(0) | 思ひ出ほろほろ
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