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2019年01月09日

【アメフト】姫路獨協大学アメフト部WILDBOARSバイオグラフィ[1990年]

先の大学アメフト新年会でのひとコマで。後輩から、
「りちゃさん、以前、後輩達が頑張ってた当時の試合をUPしてたじゃないですか。
 僕らの世代のは、無いんですか?(^^)」
…そう言えばそんな事をしてあげたっけ(゜゜)。
【アメフト】母校「姫路獨協大学アメフト部WILDBOARSバイオグラフィ:1998-2001」
【アメフト】姫路獨協大学アメフト部WILDBOARSバイオグラフィ[2002〜2004]
振り返ってみたら5年も前の事でした。
見てくれてたんだ(^^)と嬉しかったですが、彼曰く、自分たちの世代のモノが含まれていないので、それが少し寂しかった様にも聞こえました。
いい機会だな、と思い、かつて支援で部が存在していた当時に残っていたビデオテープから起こした動画データを掘り返しました。
本当に数少ないですが発見。
後々の話題になるか、と、UP致します。

今回は、残っていた最も古い年のもので、私が入学する前年である1990年シーズンを掲載します。
この年は大学創学時に設立したアメリカンフットボール部「WILDBOARS」の創部メンバーが4回生となったシーズンであり、同時に長く部の伝説となった年のモノになります。
この世代は1年次から(先輩が勿論いない為w;)試合に出場していたメンバーで、手探りながら試合経験は豊富、手練れ揃いとなり、卒業後社会人1部チームである「さくら銀行ダイノス」でRBを務めた27番伊藤氏、また1回生として、後に「アサヒ飲料チャレンジャーズ」でLBとして活躍、後に母校のヘッドコーチとなった野村氏(この年は#80を付け、RB,WR,DBとして出場)がいる等、多士済々でした。
しかもその過程でQBクラブで務めておられた明治大学OBの乾氏の指導を受け、当時の学長である京都大学OBの真継教授の支援の下、蓄えられた力が花開いた年でした。
この年の成果が、後に入学していく私達の世代の大きな憧れとなり、それからアメフト部は学内でも隆盛を誇る集団となっていったと思っています。
それが口伝えされていたのか、これらをデータ化した当時にもかなりの試合が残っていました。
(逆に言うとそれ以外の世代のモノは、殆ど上書きされ残っていません。)
当学のアメフト部にとって特別な世代であったこの年のモノを、敢えてここに集約して掲載致します。


[19900325 姫路獨協大vs天理大]
これが当時残っていた、一番古い試合の記録です。
もしかすると該当される世代の方で、それ以前の試合を個人としてお持ちになられているかも…ですが、私の手元に確保出来たものは、これが最古となります。
時期的に春シーズン、新チームでの初戦の練習試合と思われます。


[19900421 姫路獨協大vs姫路工業大]
同じく春シーズンの練習試合です。姫路にあった大学同士のクロスタウン対戦でもありました。
同じDiv3の同地区でもあり、この後もライバルとして覇を争う関係となりました。
(それが今やともに存在しなくなるとは、露とも思いませんでした。)


[19900617 姫路獨協大vs京都大]
この世代が伝説の世代、と呼び継がれた最大の理由が、この試合です。
日本アメリカンフットボール史上屈指の名将と語り継がれるであろう水野監督が率いる、しかも大学アメフト界の覇権を争っていた当時の京都大学との練習試合です。
確かこの年もRB森口選手、WR弓削選手を擁して、関西学生リーグを制覇しています。
この試合に、何と当大学は「勝利」致しました。伝説と呼ばれる所以です。
当時を知る先輩に話を伺った事があるのですが、6月に入り、既に春に予定していた練習試合をほぼ消化し終えていて、秋本番に対しての方策を考えようとしていた頃に、突然京都大学から練習試合の申し込みが来たそうです。京都大学の動機はどうやら、単純に春の実戦練習とする一戦をもう一試合加えたいと方々に当たっていた様で、それを当時の幹部がせっかくの好機だ、と応じた事で実現した試合だそうです。
当時の方々も選手としての記念に…という態で挑んだそうですが、それで勝ってしまう、というとんでもない一戦となりました。
京都大学布陣も、序盤こそ1,2回生メインであろうJVメンバー、しかし雲行き怪しくなり、後半から1軍選手を多数投入して、の展開ながら勝ってしまったのだから、恐ろしい話です。
動画終盤に、サイドラインに立つ若き日の水野監督を映っていますが、心なしか困惑されている様にも見受けられます。
この快事が、後に続く世代の大きな励みにもなりました。


[19900630 姫路獨協大vs岡山大]
この直後に行われた春季最後の練習試合です。この岡山大学には負けてました(苦笑)。
当時の岡山大学はDiv2の強豪ですが、京都大学に勝てたのに?と思ってしまいます。
先の先輩曰く「今思うと、強かったんか弱かったんか、よぉわからん。」という言葉が、当事者であった方々の本音なのでしょうね。

この後、夏合宿を経て、秋本番になります。


[19900902 姫路獨協大vs姫路工業大]


[19900909 姫路獨協大vs兵庫医科大]


[1990???? 姫路獨協大vs鳥取大]

これらの試合を経た最終戦、もう一つドラマがあります。


[1990シーズン最終戦 姫路獨協大vs神戸商船大(優勝決定戦)]
この試合、終盤残り1分強の状況まで負けていて、最後の攻撃シリーズで90yd近くを、4th Down Longでのギャンブルも含め継続させ展開し、試合時間残り4秒のラストプレーで逆転タッチダウン勝利(その時点で0秒)となった、もう一つの伝説の試合です。状況を鑑みると、今見ても本当にもの凄い事です。
動画の終盤1分半程をご覧頂くとわかりますが、絶望的に近い状況で悉くミドル・ロングのパスを成功し、最後のエンドゾーンへのパスを成功させる一連は、鳥肌が立ちます。
当時はOLのブロッキングに関しての制約は今よりも厳しくパスプロテクションも保ちづらい上、レシーバーへの保護も殆どなくコンタクトも激しく厳しく、しかもグラウンドは芝も捲れ土の地肌が見える、カットを切るにもままならないコンディションであった時勢であり、しかしこれをやってのけた事は驚愕です。
私の中では、この試合に匹敵する素晴らしい試合です。
[1997甲子園ボウル 関西学院大vs法政大]

これで優勝した当大学は、2部との入替戦に進み、龍谷大学と対戦しましたが、惜しくも敗れ昇格はなりませんでした(残念ながら、この試合は残っていませんでした。)
今は1部で隆盛を極める龍谷大学に、もしこの時勝利していたら…と思う事がしばしばあります。この「もし」が成っていたら、ひょっとするとそこにいたのは当大学であったの、かも、とです。
それだけの支援は当時の大学内にありましたし、上位に昇っていくとなれば、より大きな支援も得られたのは間違いなかったと思います。有り得たであろう「かも」の話ですが、今は昔、の妄言として記しておきます。

これらの足跡を残した1990年シーズンでしたが、私自身としては語るのが少し恥ずかしく、実は私はここにはいません。まだ入学していなかったのです。
私が姫路独協大学に入学したのはこの翌年で、創部当時の世代と入れ替わりになりました。当事者でなかった当時の話なので、語るのは些か気恥ずかしい思いです。
ただ違う意味で思い入れがあるのは、もしかしたらこの年に参加していたかもしれなかったからです。
実は私は1浪して入学していますが、高校現役時、担任から姫路獨協大学の推薦受験を勧められていました。進学校とはいえ成績は並みでその様な枠は無いだろうと思っていましたが、生徒会副会長を務めていた経緯もあり、学校としては実績を与えておきたかったのでしょう。実際推薦条件には届いており、受験すれば合格となった可能性は大です。しかし当時の私は、どうせならアメフトが盛んな大学を、と無意味に高く気負っていた事もあり、この話を断りました。今思うと、随分勿体なかったな、と思います。(現役入学であっても、アメリカンフットボール部に入っていたのは間違いなかったはずですので。)
これも妄言の一つ、として書き残しておきます。

様々に書き記しましたが、特筆したい事が多かったので、敢えて1990年シーズンを切り取り、書きました。
他のシーズンも折を見て、書き記していきたいと思います。

ではではー^^)/。
posted by りちゃ。 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ひ出ほろほろ
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