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2019年01月13日

【アメフト】姫路獨協大学アメリカンフットボール部「WILDBOARS」バイオグラフィ[1996年]

母校、姫路獨協大学アメリカンフットボール部「WILDBOARS」を振り返る事、4回目となります。
今度は1996年シーズン。
彼らは本当に、本当によくやってくれました。

回顧録として書き綴っている、母校アメフト部の足跡の続きは、私の2年下の当たる1996年シーズンに進みます。
この年の当初状況は、まさに創部以来の危機的状況を迎えていました。
シーズン当初の春トーナメントの試合記録です。


[19960324 姫路獨協大vs摂南大]
奥側ホワイトが当大学なのですが、人員が少なく、リーグ加盟人数ギリギリの状態となっているのが容易に見て取れます。
先に書いていました部員大量退部以来、勧誘もままならなくなった期間が続き、この1996年シーズンの当時には文字通り活動存続自体が危ぶまれる状況になってきました。
春シーズンは人員面で本当に苦心して試合を行っているのがわかります。


[19960512 姫路獨協大vs宝塚造形芸術大]


[19960518 姫路獨協大vs獨協大]

打開するには新人発掘しかない、と当時の幹部であった主将OL58番柴田氏や副将となったWR24番松本氏らが例年にも増して必死の勧誘を続けたと聞きます。相当大変だったことだと思います。
しかし、ここで一筋の光明が見え始めます。
まず久方ぶりに待望の高校アメフト経験者としてDB21番岩木氏(現姓:毛利氏)が入りました。
大阪の強豪校、箕面自由学園でプレーし、後にヘッドコーチとなる彼が加わり、理解度の高い即戦力を得た事は大きなプラスとなりました。
そして、さらに規格外の新人、背番号99番、TE/DE/Pを務めた後藤氏です。身長190cm、体重90kg前後、それでいて40ydを4秒6で走り、パントを蹴らせれば50ydは軽く飛ばすという、何から何まで規格外の選手が加入します。常にサイズ不足に苦しんできた当大学にとって、またとない人材を得る事となりました。
春の最終戦である姫路工業大戦でも、白ヘルメットのTEとして出場しています。




[19960630 姫路獨協大vs姫路工業大]

この他に、快速RBとして活躍する事になるRB1番宮原氏もこの年に加入し、秋に早くもスターターデビューするに至ります。

これらを加えても、人員の絶対数不足は解消できない状況でしたが、WR24番松本氏は、ここで執念の人材勧誘を行いました。
何と私達の代の時、一斉に退部した同期生たちを個別に口説き、部への復帰を実現させたのです。
既に2年近くアメリカンを離れた、しかも就職も決まりつつある4回生に復部を望むのは、相当に難しい話です。しかし松本氏はそれに賭け、何と半数以上を復帰させる事に成功しました。
当時、秋本番の試合を応援しに行った時、懐かしい顔ぶれが多数いるな、と思い、松本氏に事情を聞き、驚きました。正直、復帰する者にとって益があるとは言えないはずの事を、これほど多くの者が同意したという事実に、松本氏の最終学年に掛ける執念の凄さを知りました。そうでなければ彼らも復帰に応じなかったでしょう。私はその時、松本氏は後輩だが、私が一生敵わない人間になった、と思った次第です。

これにてようやく陣容を整えて秋本番に挑みます。


[19960901 姫路獨協大vs神戸商船大]


[19960923 姫路獨協大vs兵庫医科大]

しかしここで、唯一のQBである3回生の田尾氏が負傷、QB不在の状態になります。
苦肉の策として、副将松本氏が急遽QBに入り、体型も両TEのパワーI体系として、力勝負で突破を図ります。




[19961006 姫路獨協大vs岡山理科大]

が、急造故の悲しさ。途中手詰まりとなり、格下であった岡山理科大に苦杯を舐める事となります。


[19961103 姫路獨協大vs姫路工業大]

全員満身創痍の状態で、次の姫路工業大には勝利し、一縷の望みをつないで迎えた鳥取大との最終戦。



[19961117 姫路獨協大vs鳥取大]

彼らは劇的な逆転劇を演じ勝利!
同率なれど1990年以来となる優勝を成し遂げました!
直にこの試合は観戦しており、心の底から喜びに震えつつ、歓喜に沸く彼らを、いつまでも誇らしく、尊敬しつつ眺めていたのを今でも覚えています。

しかし持てる全てを投じて勝利しただけに、続けて行われた優勝決定戦では鳥取大に策を講じられ敗戦。



[19961123 姫路獨協大vs鳥取大(プレーオフ)]
彼らのシーズンは終わりを告げました。

しかし、本当に素晴らしい世代でした。
彼らはチームの、ではなく、自分たちの大学内にある全てを結集して、この難局を乗り切る、だけでなく、悲願の優勝まで辿り着いたのです。考えられる手法を臆さず挑み、使える可能性は躊躇わず用い、想定外の事態となっても挫けず進み続けた彼らは、人間として素晴らしい集団でした。衰退の危機にあった「WILDBOARS」を彼らが救った、と私は今でも思っています。
おそらく後に続く後輩達も同じ想いを持ったのでしょう。記録ビデオがこれ程多く残っている事が、何よりの証です。
事実、この時の後輩達が次の隆盛を導き、1999年、2003年の優勝を実現しました。
直接携われた世代に彼らがあった事が、今でも誇らしく思っています。

ではではー^^)/。
posted by りちゃ。 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ひ出ほろほろ
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