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2011年01月27日

【雑記】来るものは、来る。2011年度版

えっとー。
どーしてもきちゃうんですねー、誕生日って・・・

いよいよ持って、39歳になりました〜。
39〜、サンキュー、ワーイ♪ゝ(▽`*ゝ)(ノ*´▽)ノワーイ♪
さんじゅうきゅう…orz。

ま、どんな風に考えても、そうなんだから、しょうがないや(--;。
とにかく、なりました。39歳。
…来年には40になるんねぇ(-。−;)。
早ぇぇな、一年;;。

んー、;;;;(;・・)ゞ、でも去年は私、どんなだったかなぁ?と思ったもんで、ちと去年の今日のブログを見てみました。

→コチラ。

…結構ノンキな事、書いてんなぁw;。
確か、この時は・・・、まだ近くのPC修理ショップへの丁稚の話も出てなかった当時でした。この後でしたんでね、それが降って沸いたの。
で、その時に今の資格への挑戦を言われて(やっぱりどー考えても、使えんという判断だったんだろなぁw;;)やってみたら手も足も出ず、それから図書館に直行して…今に至ってるんだもんなぁ。
随分色々とあったもんだ(--;。
その時言われた資格(基本情報技術者ですけど)は取れたけど、その上を目指そうってんだから、人生わからんもんだ。

けど、その辺のことも含めて今日は弟とも話しあったりしたんですが、弟自身も10年前に似た境遇を経験しているから、随分込み入った話にもなりました。
まぁ、さすがに去年ほど悠長な事を宣っていられる状態でもなくなってきているし、少し自分自身の選択肢を幅広く持ってみる事も視野に入れたほうがいい、とも言われましたわ。
確かにねぇ…、現実的には今やっている方向性が将来へと打開できる決定打となるには、効き目が弱すぎる現実も実感しまくりですしね。改めて突きつけられると、グウの音も出ませんでしたわ。
「どうやって生きていくのか」というモノも、現実的な可能性として考えていくべき時期、なんでしょう。そろそろ。

その意味でも、その考える出発点として、貴重な一日になったと思います。

自分が色んな意味で、まだ至らない身の上である事は承知の事として、その上で何からやっていけるのか、という事を、少しずつ考えていくようにしたいと思います。
まだまだ、気持ちよくロドに乗り続けたいですからね(^^)。

まだまだお目汚しな事が続くと思いますが、これからも宜しくお付き合い下さいます様、宜しくお願い申し上げます。
ではでは。
SANY0002.jpg
                                (ぇ
ちょっと待てっっ。何よ、ソレ!?(゜゜;

ま、これに関しては、またいずれw。
posted by りちゃ。 at 23:26| Comment(6) | TrackBack(0) | 思ふ事 *~(゜゜)

2011年01月16日

【特記】やはり今日は「あの日」なので・・・。

少し書くかどうするか、逡巡しましたが…やはり書き置くとします。
やっぱり忘れてはいけない、大事な日、ですからね。。。

今日は、阪神・淡路大震災が遭った前日、という事になります。
ま、明日になると(というより関西圏では既にその関連の番組が多々放送されていますが)新聞・ネット・TVなどでもその記事が闊歩(かっぽ)すると思いますが。
私にとっては、むしろ、この1月16日、のほうが大事な日なのかもしれません。

今日この日。
1月16日は、私の大学アメフト時代の後輩、愛すべき性格を持ち、慕われる人望を持っていて、その上素晴らしいセンスで私達のチームのシンボルともいうべき勇姿を示し続けていた、
森川隆弘。
の、命日になります。
彼がどんな人物だったかはコチラのブログ記事にて認めさせて頂いてますので、あえてここでは割愛いたします。

私自身は、
今もって、彼がいない事を残念に思っています。
過去の試合フィルムを編纂する際、彼の勇姿を懐かしむ想いがあります。
その「場所」となった駅のホームを通過する折に、何故こんな運命になったのか…と悔やむ気持ちがよぎります。
しかし、過ぎてしまった事は取り返しがつかず、ゆえに哀しくなる自分がいます。

今なら、彼の気持ちや精神の油断がどのような状態だったか、幾らかは共感できるかもしれません。
私自身が、それと近い境遇に陥った体験を踏まえて、今ここにいますから。
ただ、でもやはり、知っている者として、彼のキャラクタは惜しかったですね。
いてほしいな、という叶わぬ願望でもあるんですがね。

私に出来る事は、ただ彼がいた事をこうやって何らかの形で留め置く事と、そういった人間がいた事を多くの人に知ってもらいたいという事程度です。
ホント微々たる事しかできないですけども。

でも、残っている者の務めだと思っています。

だから、あえてやっぱり書き置くとします。

森川、本当に大学時代を一緒に過ごせて楽しかったわ。
その勇姿には嫉妬もしたし、憧れたよ。
なのにいい性格だったから、気持ちのいい後輩だったし、誇るべき後輩だったよ。
ま、いずれはまた会う事になるだろうから、その時は今度は"先輩"として色々と教えてくれな。
ホント、ありがとう。
ご冥福をお祈りします。


ではでは。
posted by りちゃ。 at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ふ事 *~(゜゜)

2011年01月01日

【賀正】あ、はっぴー、にゅーいやー2011☆

まー正確には、2010年最後のイベント、除夜の鐘から始まるんですけどねー(^^;。

えー、私んとこの集落では、除夜の鐘は前年の23時すぎから始まるんですね。
(大抵は年越してから、だと思うんですが;;)
なもんで、紅白もそこそこに(といっても「トイレの神様」しか見なかったwww;)お寺に集合〜。
ま、来たのが23時半だったものですから、既にいつもの方々は集合してましたわ。
2011除夜の鐘.jpg
ま、過疎化している数少ない特権とも言えるのですが、私の集落の除夜の鐘は、いわゆる"突き手"が殆どいません。大抵が高校生以下の学生かご年配の方のみ。そして人も108人も集まりません。
なので、必然的に「突き放題」という状態になりますw。しかも突いた人には突いた数だけアメが配られるという、わっかりやすいシステムです(まさに、アメとムチwww)。
でまぁ、そんなだから子供たちが突く突くwww;。そこまでしてほしいか、アメチャンwww;。

ま、そうは言っても私も色々な煩悩などリセットしたい想いがありますから、突きましたよ☆
↓こんな感じで(真っ暗でわかんないですけど、一番最後に突いたのが私です☆)

ま、こんなもんですが、とりあえず私の恒例行事その1です(^^)。

で、この後、このお寺でお経を詠唱(浄土真宗なので正信偈)。その後住職の講和を聞きまして、その後ご子息=私の幼馴染みの余興(マジックショーでした☆)を楽しみ、打ち上げて皆さんとお神酒を酌み交わして、しばし談笑。
(※注:さっきも書きました通り、皆さんと言っても殆どはご年配の方々ばっか。話題も集落のこととか老後の楽しみとか法事奉賛の事とかなので、あんまし関われない話題ばっかです(^^;。でもまぁ、それなりに楽しいもんですよ。こーゆーのも。)
それが2時ごろに打ち上げになり、その後は幼馴染みと別に移って、今度は互いの近況などを談笑。
いつもなら、このまま明け方辺りまで…という感じになるんです。
…が。今年は私のほうがかなり早く睡魔が来ちゃいましてねー(^^;。結局5時ごろでお開き、となりました。最後のほうは半分寝てたもんなぁ;;眠い(睡眠)
彼も気遣ってくれたという事です。いや面目ない;;;。
んー、この辺り普段飲酒をする機会が全くないという事も大きいかなぁ。
基本的に私はお酒をやりません。まず一人で飲むという事は皆無と言っていいです。飲むのは誰かと飲みに行く機会があったときだけ、という事です。
で、今の立場から言うと、その「誰か」がいない状態ですから、当然飲むのは殆ど無いわけです。
(一番最近で、三ノ宮で学生アメフトのOB会で集まったときかなぁ…あ。でもあの時もノンアルコールだったわ;;)
それがいきなり、日本酒を湯飲み茶碗でグビグビですから、負けますわなぁ(^^;。
なもんで、今もフラフラですwたらーっ(汗)

ならすんなり寝ちゃえばいいのに、となると思いますけども、何となく、今年も初日の出を拝みたいなー、と思ったもので、今こーやってブログの原稿なんか書いて眠気を飛ばそうなんてやってますw。(時間はこの時点でちょうど6時)
…ホンマに持つんかなぁ、オレ(--;。

ま、そう言いつつ、身支度しながらその時を待っていまして、いよいよ出発☆
拝観スポットは昨年と同じく近くの岬です〜。なので歩いてテクテクと(((( --)soon

今年はこんな海の突端から撮ってみました(^^)。波がザッパザッパと飛ぶ飛ぶw;。
そうこうするうちに到着〜☆ サッブイですが><あせあせ(飛び散る汗)とにかく日の出を待つ事しばらく。
そんな中、撮れたのがこんな感じでした。
20110101-0014.jpg

20110101-0015.jpg

おおー(^^)なかなかなショット撮れたひらめき
大潮の中だったので内心ヒヤヒヤもんでしたが、今年も縁起よさげなモノ、撮れましたるんるん

では、親兄弟と新年のご挨拶をして、寝るとします(o〃_ _ )o↓パタッ眠い(睡眠)

本年もよろしく〜w;。
posted by りちゃ。 at 08:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 思ふ事 *~(゜゜)

2010年12月26日

【身内ネタ】まーもぅ書いてもいいかなー、と思いまして(^^;

まー久々の身内ネタなんで、お目汚し程度にw;。

えーと母なんですけどねー。
今月の初めから入院してましたー。手術のためにー。


正確には、6日から、だったんですけどね。入院したの。
手術する箇所は、"やっぱり"目、です。
春先5月に、急性緑内障→前提神経炎とまぁ、あわや失明のドダバタを乗り切って今に至ってたんですがねぇあせあせ(飛び散る汗)
(その当時の感じは、→いきなりこんなんが来てー→んでもって、こーなって→こうなってました。)
それ以降は、まぁ、とりあえずそれなりな生活を送っていたんですけども、以前よりは視野が狭くなったせいもありまして(急性緑内障の時に一部視神経が痛んじゃって、その箇所の視野が欠損しましたから。)、夜は全く外出できない(ま、必要時は私が運転して出かけてましたが。)、日中も何となくフワフワした感覚が残ってたりする(この辺は前提神経炎の後遺症)、それに不意に白いモヤモヤが視界に入ってくる、てな感じをごまかしつつ、という感じだったわけです。
ただ最近までそれが続くものだから、母自身が本当に症状が治ったのかなぁ?、と疑問に思っていたそうなんですわ。
ま、あわや失明という状況だったものですから、治ったにせよ後遺症はあるよ、と言われていたので最初はそんなものなんだろなー、と疑わなかったのですが、さすがに目は大事、と自覚しちゃって、かなりの病院嫌いな母が珍しくずっと通院・定期検査を受け続けてたんですよ。
そしたら、病院の先生のほうがあまりに不安定な状態が続いているので、逆に不審になってきたそうでして。ちともう一回しっかり調べて見ましょう、という事になったんです。

そしたらですねぇー。やっぱり原因があったんですわ。
なんとまぁ、別の病気の初期症状がでてたんですって。
ちなみに、その病気は、

「白内障」

です。
あの目の水晶体が白く濁ってしまう病気ですね。ほっとくと、やっぱり失明しちゃうやつ。

まぁ、この病気自体は一種の老化現象なので、母くらいの年齢ならなってしまっても仕方ない病気ではあるのですけど、聞いたときは「また目かー><;」と思いましたわ。
遺伝的にも母方の祖父がなってたから、ある程度は納得してましたけども・・・。

ただ、今の医療は、ホントつくづく凄いもんで;;。
見つかったのが初期段階だったので、水晶体で白濁化した部分が本当に少しだったそうです。
なので…その部分を手術して削り取れば治るんですって!(゜゜;。
こりはホントにビックリ;;。

で、その手術入院を6日にした、というわけでして、手術も大げさな規模でなく、片目ずつ、1週間おきにするという形で実施。なので最初の週で右目、次の週で左目をやり順調に経過。しかも土日は外泊帰宅可、という拍子抜けするほどゆる〜い入院でしたわ;;。
結果、都合2週間で済みまして、今は普通に自宅にいますw。
術後の経過もいいようで、どうやら無事に済みそうです(^^)。

ただまぁ、この事で少しばかし余談がありましてw;。
まず、その入院期間中ですが。
母が入院するって事は、我が家は一時的に"男所帯"となってしまったわけですわたらーっ(汗)
それまで家事全般は全て母、という環境でしたもんで、大丈夫なんかなぁ…という一抹どころでない不安な日々になったとw;。
けど蓋を開けてみると、不思議なもので自然と家事の分担が成立しちゃってましたwww;。

父→朝、昼、夜全て早い。→ご飯事や洗濯は自然と父がするように(ただーし、料理は専ら卵料理or弁当オンリーwww)
私→朝、昼、夜全て遅いたらーっ(汗)→なので食器洗いとか風呂掃除を担当。
洗濯物の取り込み→都合がつくほう(と言っても殆ど父でしたがw;)
弟→仕事☆w。

とまぁ、図ったように割当ができあがっちゃいましたわ☆
それに週末には母も帰ってましたから、その意味でも補正はできてましたんでねー。
ま、我が家的には貴重な体験になりましたよ(^.^)b。

でも、これももし父が昨年の大事故に遭わなければ、多分父の事ですから「ワシが全部やるから心配すなっ」とか宣って、フウフウいってたかもしれないです。
本音では、多分そうしたかったと思いますよ。そういう性分ですもん。プライドが高いと言うか父としての誇りを持っているというか…。
(まぁ同じ血を引いているから、だいたい何となくわかりますw)
けど、したくてもそこまではとてももう出来ない、と実感してるんでしょうねぇ。私が「あと、ボクがやるわ」と言ったら「うん、頼むわ。」という返事をする父、ソレがあるまでは想像もしませんでしたよ。
(あ。ちなみに父に遭った"ソレ"というのは、→まず、こんな事になりましてー。で、その後、→こーきて→こーなって→こーなって→今に至る、です。)
…そう考えると、私自身のことも含めて、去年今年とほんと〜に色々とありましたわ。ホントに。
今振り返ると、殆ど何事もなく今過ごせてるのが、とんでもなく幸運だとしか言いようがないや;;。
(すんげぇ〜、薄氷の綱渡りだもんなぁ〜w;;。もう一回渡れ、って言われたら、全力で「やだっ!!」って言います。絶対。)

とにかくそんな(今思えば)波乱の2年をもう数日で終えようとしています。
来年はいい年だったらいいな☆わーい(嬉しい顔)
などと思いつつ。

とにかく、そんな事がありましたとさ、というお話でしたー。
ではではー^^)/
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
後日談。
手術をした母の視力なんですが…なんとメッチャ見えるようになりましたひらめき
両目とも1.0はあるそうです。私が幼少のときから、殆ど0.1台だったのにwww。
「すごいっっ。モノがクッキリ見える〜w。」
とメッチャはしゃいでますわーい(嬉しい顔)
ただーし、その分近くが見辛くなったんだと。老眼やん、それっ;;。

どっちがいいんだか(^^;。まぁ本人が喜んでるから、いいや☆
posted by りちゃ。 at 02:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふ事 *~(゜゜)

2010年12月18日

【雑記帳】結構嬉しかった「mixi」でのやり取り(*^^*)

今日はですねー。ちと嬉しい「お願い」されました☆
正確に言うと、「お願い」があったのは、昨日なんですが。

えー、私はmixiのほうでもコソコソと色々やっているわけなんですが、そのつながりの中で、あの加古川オズナスの松谷選手が同門ということもあり、マイミクになっているわけなんです。
で。そのつながりの延長として、同じく加古川オズナスQB#10の山田選手ともmixiメールやなんかをしたりするようになったんですが(あ、ちなみにマイミクにはなっていないです;;)・・・その山田選手から、こんなmixiメールでのお願いが届きました。

「ブログに使ってたビデオ、ダビングして頂けないですか?(^^)」
と。

一瞬「へ?(--;」という感覚でした。確か普通ならチームのスカウティング(相手研究用&自チーム点検用ビデオカメラ)したモノがあるはずだと思ってましたから。
なんでまた???と思いつつ「どの試合のが欲しいんでしょうか?」と返事を返したところ、「撮影したの、全部☆」という回答が(@_@;。

ぇええ〜Σ(・ω・ノ)ノ! ぜ、全部ぅ〜;;;。
…と驚いたんですが、そのメールに事情が書いてありまして…ははぁ、なるほどねぇ〜。
この創部以来の偉業(2部昇格)を果たした加古川オズナスなんですが、なんとまぁ間の悪いことに、撮影用に使っていたカメラのほうがシーズン中に調子が悪い状態になってしまったそうで、特に最終戦の入れ替え戦あたりだと、最後のほうまでマトモに撮影できてなかったんだそうなんですって;;。
…なんて切ない(´・ω・`)。
なので、せっかくの"記念すべき"シーズンの試合内容を記録できたものが手元にない;;という悲しい状態になったそうな。
で、私のブログの事を思い出して、持っていないでしょうか?という事になったわけなんですって。

私の動画は、どちらかと言うとWEB公開用の撮影に向いているタイプだったので、いわゆる一般の高性能カメラに比べるとやや画質が落ちてたり、あと1カット1カットが1つのファイルとして記録されている細切れ状態でしたから、ビデオ=DVDとして出すとなると、オーサリング(DVDへの加工編集)が必要だったわけなんですが、そういう事情なら是非もないです。快くお受けする事にしました(^^)。
ま、多少画質が荒いのは眼をつぶって頂くとしてw;;。

で、ふと別件で前出の松谷選手から、今日18日土曜日に加古川オズナスの納会がある、という事を聞いてましたので、「あ。なら早いこと仕立てて彼に手渡した方がいいやん(゜゜」と思った次第。

で、早速作業開始☆
と言っても、普段から学生たちのビデオ生成なんかもやってたりしてましたから、その辺は手馴れてますんで、作業自体は対して大変でない(^^)。
問題は、動画編集なのでどんなに性能のいいPCでも、どーしても時間がかかってしまう事でしたが、確認が出来たのが昨夜でしたから充分でした。
…夜中中PCにフル稼働してもらってw;;。
(室内、うるさかったうるさかった;;;)
で処理し終えたモノを朝起きてからDVDに加工。途中図書館に出向いてたので一時PCにウィンウィンと勝手にやらせたりしながらwww、昼過ぎに作成完了☆
で、その足で松谷選手に事情を話しし、加古川まで持って行きましたー。

ただ、ここでちとだけニアミスw;。
松谷選手も自身にとっては急な用事になった事と、自分達の事で用事してくれてるという義侠心から自分から取りに行こう、という感じに取ってしまったらしく、「お互いにお互いのところへ『品物を取りに行く』」という感じになってしまいまして;;。
途中でお互いが気付かなかったら、完璧にすれ違うところでした;;。
幸い待ち合わせ前に松谷選手から確認のメールが届き、その事に気付けたので、中間点にあたる姫路の某所で上手く出会えまして、手渡し完了。危なかった;;;。

けど松谷選手が「ホンマに、ありがとなっ(^^)」って笑顔で言ってくれたので、ああ、やってて良かった☆と、なんだか嬉しくなりました(*^^*)。

てな感じで松谷選手と別れたのが15時半ごろ。その足でまた市内の図書館に戻ったのが16時半。
そのまま閉館までが今日の勉強時間でした。なので昨日の章の復習確認といった程度でしたね。
けどまぁ、この章はそれなりにちゃんと体系ごと覚えたほうがいい感じみたいなので、しばらくは反復したほうがいいっぽく、却って良かったかなw。

という一日でした。

で。明日からは、2日間程図書館を離れます。
というより街からも、だなw;。

いよいよ明日は、アメフト大学日本一を決める「甲子園ボウル」がありますんで〜(^^)。
ガッツリ観てきますw。
で、その翌日に東京ドームで、今度は社会人の日本一を決める「JAPAN X BOWL」が開催されるので、思い切って行く事にしました〜。…夜行バスでw;;。
で、アキパ辺りでもブラつきながら、試合を観て帰ってこよう、と思ってます〜。・・・夜行バスでww;;;。
つまり「0泊2日」の弾丸アメフト観戦ツアー、というわけ☆
(持つんか、オレ ( ̄ー ̄;タラリ)

まま、こんなん出来るの、今の立場だけなんでね。
ちと行ってきますわー(^^)。

ではではー^^)/。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
コメント、ありがとーございますっ。(o_ _)o/☆ゴチッ
お返事でーす(^^)。


>みぃる様

まぁ、体調が崩れなかったのが、せめてもの幸いでしたね(^_^;)。
確かに一旦完全OFFの日にして、ぐっすり休む・・・というのも考えにないでもないんですが、性分でしょうねぇ、それをやると今度は再び始めるのが億劫になっちゃいそうなんで…。
まま、ペース調整しながら進めるとします(^^)。


>え〜みん☆様

まーもーおっしゃる通りの状況でして;;。
下手に外に出ると、却って暖気で睡魔が加速するし、と言ってじっとしてても同じだしで…
結局は館内をウロウロウロ・・・とするしかない始末;;。
しかし、とにかく寝なかった事が今日のせめてもの救いです。
いい風に捉えて、明日はちゃんと勉強進めたいです(^^)。
posted by りちゃ。 at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ふ事 *~(゜゜)

2010年11月11日

【戯言】グチだと思って見逃してくださいね。

正直、ホントならこんな開けっぴろげなところに記す事ではないんですけどね。
子供じみてて、独りよがりな思いですから。
ただまぁ、これを始める時に自分に言い聞かせていたことがありまして、「ここでは歳とか体裁とか考えず、自分の今の気持ちを包み隠さず書き残していこう」とまぁ、思ってまして。
そんな他愛もないグチだと思ってて下さい。


正直、今、ものすごく空しいです。色々と。
何をしたいというものも出てこず、何かを始めたいという意欲もなく、何に不満があるという具体的なものもなく。
今やってる事や、これから何かしようとする行為全部が空しく感じながら、います。

理由は、何なんでしょうね?自分でも掴めないです。
確かに今、資格という課題を設けてそれに向けて勉強はしていますが、これを取れたからといって、自分の人生が好転するという展望があるわけでもありません。その資格が何かを保障するものでもありません。確かに何もないよりは遥かにマシなものではあるのですが、少なくとも何かを保障するものではないです。
では、それ以外に何かしたい事、やってみたい事、できる事はあるのか?となると…そのどれも、ないです。どれも、自信がないです。

そんな人間が、本当にいてもいいのか…?
という事自体を感じるたびに、空しくなってしまいます。

存在理由(レゾンデーデル)ってやつですかね? 今、私は私自身の現状に、それを見出せなくています。でも、まだやっぱり死にたくない。

どうせだったら、
色んな人と友達になりたいし、
色んな女性とエッチもしたいし、
でも、その中から自分の存在を許してくれる彼女と呼べる人にも出会って付き合ってみたいし、
そんな人と伴侶になりたいし、
その人と、私の分身を築きたいし。

でも大前提として、そもそも今の私は、何にも持ってないし、何にも生み出せる存在でないんですね。
財産があるでもなし、稼ぎがあるでもなし。
それを考えると、本当に空しいです。とてつもなく。

全く持って、どうにも困った性分です。多分、普通ならこんなに思い悩まないんでしょう。
大抵は「ま、何とかなるさ」と気持ちを切り替え、進んでいくんでしょうね。
そう思うと、全く持って面倒な性分です。

でも、それもひっくるめて自分。受け止めるのも自分しかいない。
せめて自分が受け止めてあげなきゃ、本当に私は無価値な存在になってしまいますもの。
それすらも、拠り所が見当たらない今は、大変な事なんですが。

とりとめがないですね。書いていながら何なんですが。
結局は、ただの甘え、グチという事です。お恥ずかしい;;。

でも、恥の書き捨てとして、書き残しますね。
もし私が後に今を振り返る機会があったとしたら、今のこの気持ちから何かをつかみ取れるのかも、しれませんから。

本当にお目汚しでしかない駄文ですが、平にご容赦下さいませ。

では。
posted by りちゃ。 at 20:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふ事 *~(゜゜)

2010年11月07日

【スポーツ】なんちゅう日本シリーズ;;

えー、いつもの日々ブログは今日は中断〜。
昨日の試合があんまりに、あんまりだったので…。

壮絶な15回ドローをたまたま見て「なんちゅう、えげつない試合を…><」とまぁ思い、今日は久々にプロ野球見てました。
あれだけの試合を演じてきた2チームが、なんとまぁ今日もまた土壇場で延長突入。
しかも毎イニング、文字通りしのぎを削る攻防の連続…しびれました。
そしてその激闘を決めたのが、何と育成選手上がり、つまり一旦はプロ不適格と判断された選手の、これまた想定していなかった長打が決め手…。ホント、なんちゅう試合すんねん><。

勝った方も負けた方も、本当に総力戦でした。
どちらも紙一重だったと思います。
強いて違いがあったとすれば、ここに至るまでの戦いが既にがけっぷちのせめぎ合いであったため、その中で研ぎ澄まされてきた「何か」を、勝ったチームは渦中に得ていたのではないか、という点が、最終的な勝敗を決したのかもしれません。
先程の選手が決めたという点でも象徴的です。その選手に至っては「プロ選手である事」自体が文字通り日々「ギリギリの戦い」であったはずですから…。

とにかく、千葉ロッテマリーンズ、激闘制覇しての優勝おめでとうございます!
そして、惜しくも果たせなかったとはいえ、中日ドラゴンズ、見事でした!

本当にいいモノを観させていただきました(^^)。
両チームに感謝!!
posted by りちゃ。 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ふ事 *~(゜゜)

2010年10月07日

ちと興味をひいたネタ&田中圭一という作家への敬意

朝のメールチェック&時事ネタチェックをしていると、こんな記事が目に飛び込んできて、ありゃま、へぇ、こんななってんだ、と思いつつ、ちと思うことが浮かんで書く事にしました。
「誰でも下ネタマンガ描ける「コミPo!」、手塚氏遺族に訴えられる

私個人としては、アニメ・漫画界の巨匠手塚治虫氏ご遺族からすれば、まぁさもありなん、と思いますが、この著者とも言うべき「田中圭一」氏に関しては、私自身むしろある種の敬意を持って、目にしています。

そもそも手塚治虫氏の作品は、ありとあらゆるテーマへの、漫画・アニメという手法での挑戦が特筆に値する歴史的価値であったと私は思っています。
今でも思いますが、政治・宗教・テロ・SF・サスペンス・歴史・時代物・オペラ・リンカネーション等々あげればキリがないほどのテーマを基に様々な作品群を世に残されました。
おそらく、今に至るジャパニメーションの隆盛の根幹は、この方が拡げるだけ拡げた、そのアプローチできるテーマ性の幅広さにあるのではないか、とも思っています。
そして、そのテーマの一つに、エロス、というものも含まれています。というより、おそらくどの時代の作品にも、このエロスというものが燦然と主張されていると思っています。
おそらくですが、氏はエロスというもの、つまり生命というものに対しての決して贖え無いカルマ(業)というものを残したかったのでしょう。
それを常に念頭に置かれていたとも思える内容です。

そして、そのことに対して最も純粋に、かつ敬意を払いつつ、しかし極端にオーバーデフォルメして極めて精密なパロティエロギャクコメディ漫画として描かれているのが、この田中圭一という作家さんだと思っています。

神罰―田中圭一最低漫画全集 (Cue comics)

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初めて目にしたのは、まだ手塚氏がご存命のうちだったのですが、正直「えっ!?手塚氏、ここまですごいの、やるの!??」と見間違えた程です。それほどの完璧な模倣力。
画風だけでないです。ストーリーの構成、レイアウト、表現に用いられるオトマノペ…全て完璧に本人そっくり。
当時は単なる手塚マニアか、あるいはアンチ手塚氏かと思っていたのですが、その後の作品群(本当にもー様々な名立たる作家の方々をパロってエロってます;;)を見ていくうちに、この人、実はものすごい能力を持っているだな、と思うに至りました。
おそらくですが、田中氏は相当の画力・実力を本来は持ってらっしゃる方なのですが、何らかの限界(多分、独自性というモノ=制作者としては最も重要な要素ではないかと思ってます)をお感じになられ、今のスタイルに行かざるを得なかったのかな、と。
ですが、それは同時に他の方への侮辱とも言える行為になるのは必然なので、それに対しての精一杯の敬意と尊敬の念を自らの力量をかけて表現しつつ、パロティされている、というのが読んでいてひしひしと感じます。

なので、だからこそ、今まで多くの著名な作家の方々の作品をパロティ化されてきても、当該者から糾弾されず、一般の方からも支持されてきたと思っています。
(現に今回取り上げている単行本のオビには、手塚氏のご遺族の方が直筆されています。)
それを勝ち得たというだけでも、すさまじい葛藤と熱意がなければできないと思います。その点ですごいとも言えます。

ただ、今回のサイトに関しては、私も賛同できないですね。
田中氏のエロパロは、田中氏の画力とオリジナル作家の方への尊敬の念が常に含まれているからこそ許されるのであって、それ以外の方の「単に茶化したもの」まで一般大衆の目に公然とさらけ出すというのは違うと思います。それは単なる侮辱行為ですから。
ですから、この件でご親族の方が糾弾されたのは、よくよく持って当然だと思います。
「言論・表現の自由」は日本国の憲法の根幹権利の重要な一つですが、同時に起案者の著作物には同様の敬意を払うべきです。
田中氏にはそれがありました。故に認められました。
それらと、単なるパロティをゴッタ煮にするのは、頂けないな、とおもったわけです。

現に、この記事でもご親族の方のコメントにこうあります。
「一匹の田中圭一は許せても、百匹・千匹の田中圭一は許せません!」
ごもっともです。

言い換えれば、私個人としては今後の田中圭一氏の執筆活動自体が規制されてしまう事がないように、と切に願っています。この方のパロティは、本物でしたから(エロエロですがw)。

とにかく書き留めたく、ここに記します。
ではでは。
posted by りちゃ。 at 09:25| Comment(2) | 思ふ事 *~(゜゜)

2010年08月15日

送り盆の日。

8月15日。終戦記念日にして、送り盆の日。

今日はアメフト部の諸先輩方と一緒に、ある後輩のもとに行ってまいりました。
以前ご紹介した、故・森川隆弘という後輩の墓参り、です。
相変わらず、この日は暑いですねぇ・・・。

彼が眠っている場所は、兵庫の舞子というところにある霊園ですので、先輩方と明石で落ち合い、一台の車に乗り合いして向かいました。
(ロドはココでお留守番です。)
そして昼前に到着。
途中近くのスーパーに立ち寄って買った顕花とビール(彼、結構飲みが好きでしたんで)を持って。

一年ぶりの再会です。
ふと見ると、享年平成15年。そっか・・・もう7年も経ってたんだなぁ。
月日が流れるのは早いものですね・・・。

あ。そうそう。
ちなみにこれが普段彼が見ている風景です。
20100815-0001.jpg
街の喧騒からも離れていて、静かに過ごせている事でしょう。
あ。もしかしたら、静か過ぎてつまらながっているかも(=v=)。
根っからの、さびしがり屋の、賑やか好きでしたからね。

まぁ。
も少し待ってとくれ。
いずれは私らもそちらへ行く事になるわけだし。
その時、いっぱい話そう。
それまでに、色々経験しとくから。

そんな感じで午前中を過ごし、先輩方と近況の話をしてその場を後にしました。


で、その足で図書館に直行。
昨日から読み始めた入門書の読み込みの続きです。
今日は、あんまし進まなかったですね。1/4程度かな?
理由はさっきまでのおセンチな事ではなくて、現実的に内容を読み砕くのにそれだけかかった、という事なんですがふらふら
でも妙に納得感はあります。
今までやってた問題集の中でなかなか理屈が把握できてなかった事の説明が簡潔に示されている内容でしたのでw。
そのためその問題の箇所と照らし合わせたりしながらだったため、こんなにかかってしまった、というのが正確な内容です。
なので、とても意義はあったな、と思っています。

あと2/3程残っていますが、おそらく残りの部分もこんな感じで読んでいく事になるでしょう。
それだけ実戦経験がないって事ですからねたらーっ(汗)
でも、3歩進んで2歩下がる、を地で行ってる感じではありますけど、今はそうやって進んで行くしかないですからね。
ジワジワとでも這いずって行きたいと思います。

では、今日はこの辺で^^)/晴れ
posted by りちゃ。 at 21:05| Comment(0) | 思ふ事 *~(゜゜)

2010年08月06日

ほんのひと時の、ただ一度の色めいた時の事。

さて、ずっと一人だった、と今まで語ってきたのですけど、少し嘘があります^^;。
今までの人生で一度も「ツレ」がいなかった様に書いてましたが、実は一度だけお付き合いした人がいます。
ただまぁ、純粋な出会い・恋愛でのお付き合いというのではなく、いわゆる、ホントのお見合いでお知り合いになってお付き合いした方なんですけどね。

キッカケは母が通っていた美容院のオーナーの口利きでした。
当時は私はまだ関東に在住していたのですが、あまりに色恋沙汰の音沙汰がないので、痺れを切らして探し回ったそうです。
でも正直なところ、「関東勤務になってる息子の所に嫁いでほしい」と言っても、なかなかはい、と言ってくれる人なんていませんヽ(´ー`)ノ。
そりゃそうです。ボク自身が体験したようにそんな見ず知らずの縁もゆかりも無い土地に、どんな人物かもわからない様な人と一緒に行ってもいい、なんて方、いたら戦前並みの撫子さんですよ。
しかも、稼ぎも大したことないしw。
単純にメリットゼロですもんね。なんで全然期待してませんでした。

ところが、出てきたんですよ。それでいいから会ってみたいという方がΣ(゜゜;。
はっきり言ってビックリしました。「ま、マジで?」とホントに。

とにかく、そこまで言ってくれてるなら地元に戻って会います、と帰りましてお会いして。
こんなんですけど、とりあえずお付き合いからという事でいいですか?となりまして付き合った方がいたんです。
まぁ・・・形としてはそう称していいのかどうかですが、人生初の「彼女さん」というわけです。
お歳は一つ下の方でした。今思えば、相手の方のほうが私にあわせてくれてたかな…と思っています。

その方との交際が始まったのが、私が31歳の冬でした。…そう、つまり父の体調を理由に異動を申し出る事になる、ほんの数ヶ月前です。「むしろその付き合いのほうが理由だったんでない?(^^)」と思われる方もいるかと思いますが、まぁご想像にお任せします。後ほど結論も書かせて頂きますので、その辺も含み置きまして。

で交際と言っても、実際は大半が電話やメールでの会話が殆どでした。その事は私にとっても好都合でしたけどね(ワーカホリックでしたし;)。
それでも時には、休日にお会いして遊びに行ったりもしました。間を取って名古屋でとか、わざわざ東京まで出向いてもらって、ディズニーシーで遊んだり(あ。そんなわけでTDR,TDSに行ったのは、今のところこの時だけです(^^ゞ)。
あ、そうそう。ちょうど開催期間だったので愛知万博にも行きました。
わざわざこちらにまで出向いてくれるという事で、それだけでも相手の好意は充分に伝わりました。そしてそれまで「交際」というものに全く無縁だった私にとっても大変気遣ってくれてたと思います。

ですが・・・私のほうには何かしらの躊躇い(ためらい)がありました。その時はそれが何なのか気づかなかったのですが、何となく自分はしてはいけない事をしているような感覚を少し覚えていたんです。
そのせいだと思いますが、結局彼女とは、いわゆる「男女関係」を結ぶ事はありませんでした。先日「私は素人童貞だ」と述べました通りです。それが果たしてよかったのか悪かったのか・・・今だ持ってわかりません。

そうこうしている内に、例の父の件があり会社と交渉して本社勤務=地元に帰り、さてそうなると、いよいよこの交際のほうもそろそろ・・・という話になるべきだったのですが・・・。
結果から言うと、私は彼女との結婚を選びませんでした。

言い訳をするなら、理由の一つは仕事でした。
我を通して本社勤務となったため、会社からすると望んだ異動ではなかった私の立場は、とても流動的なものになりました。
突然新規事業の立ち上げメンバーに祭り上げられたり、根付かぬうちに今度は不良商品の構成手配の内勤担当者になったり、併せ持って企画事務や顧客・営業マンのTELサポート要員となったりと・・・。
実際辞めるまで、半年おきにどこかへの異動の話が出ては消え、消えては出てき・・・という状態でした。
半期の締めが近づくたびに今度はどんな話が出るのか・・・と不安になってたのを今でも思い出します。
そのような心境で、とても結婚という大きな選択を踏み出せなかった、というのもあります。

でも、それも言い訳でしょう。
結局のところ、本心では・・・彼女をパートナーとして迎え入れる覚悟を私はしていなかったのです。
確かに交際は楽しかったです。人生で始めての交際でしたから。
でもそれは、結婚を前提にしたものだ、という事を自覚していませんでした。その意味の大きさを。
ただ単純に交際できてるという事実に、満足していただけで「彼女」のことを見てなかった、と。
「付き合っている」というその事だけしか見てなくて、自己満足しちゃってて。
それがいざ現実の話なってきた時に、…私は逃げ出して仕事をとった、というわけです。
全く持って、ひどい男だと思います。その覚悟もないのに、散々彼女を1年間も振り回したわけですから。
挙句が、その仕事によって自分というものを壊してしまったというおろかさも含めて。ロクデナシです。
せめてもの救いがあるとすれば、そのロクデナシのために彼女の時間をそれ以上無駄にせずにできた、という事だけですかねぇ。

これが、私の唯一の男女交際の話です。不甲斐ない事ですが。
いまその彼女がどうなったかは、全く知りません。
知るべきではないとも思っています。そんな事をしたら、それこそ彼女への冒涜になりますから。
ただ幸せになっててほしいな、とは願っています。あんなバカもいたよ、と笑い飛ばせるような環境にあってくれればいいな、と。


お見苦しい内容になりましたが、せっかくの機会と思い、蛇足ながら。
では、失礼します。
posted by りちゃ。 at 18:05| Comment(0) | 思ふ事 *~(゜゜)